大阪地方裁判所 昭和24年(ワ)909号 判決
本訴被告株式会社新教育研究会は同被告編集発行の「学習用日本地図」を絶版とし、全国に渉るその販売をしてはならない。
本訴被告株式会社新教育研究会は本訴原告に対し金二十万円を、本訴被告日本オフセツト株式本社は本訴原告に対し金三万円を夫々支払え。
本訴原告の其の余の請求並びに反訴原告等の反訴請求は何れも之を棄却する。
訴訟費用中本訴に付き生じたものは之を三分し其の一を本訴被告等の負担とし、其の余を本訴原告の負担とし、反訴に付き生じたものは全部反訴原告等の負担とする。
二、事 実
本訴原告(反訴被告以下本訴並びに反訴を通じ原告と略称する)訴訟代理人は本訴に付き「本訴被告(反訴原告以下本訴並びに反訴を通じ被告と略称する)株式会社新教育研究会(以下新教育研究会と略称する)は同被告編集発行の「学習用日本地図」及びその類似品を絶版とし全国に渉るその販売をとりやめよ。被告新教育研究会は原告に対し金六十万円を、被告日本オフセツト株式会社(以下日本オフセツトと略称する)は原告に対し金十二万円を夫々支払え。被告新教育研究会は此の判決確定後一ケ月以内に朝日新聞及び毎日新聞全国版に二段ぬき広告を以て「小野三正氏著、日本通信京都支社発行(最も要約された新日本地図)はその内容形式共に独創的なものであり教育的なものであるのに、わが社の製品がこれを模し、その著作権を侵犯したことは著者及び全国の需要家、取扱者に申訳なく謝罪します。株式会社新教育研究会なる内容の声明をなせ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、反訴に付き「反訴原告等の請求を棄却する。反訴に関する訴訟費用は反訴原告等の負担とする。」との判決を求め、本訴請求原因並びに反訴に対する答弁として「原告は元京都大学理学部教務嘱託であつて、長年にわたり地図学を専攻し、研究と共に実地に於て地図の作描に専念従事して来た者で、地図作描家としては日本にきわめて少数しかない一人である。原告は昭和二十三年六月はじめ訴外日本通信京都支社河合正次郎の援助をえて、小学校、中等学校学習用の日本地図を著作したが、この地図は当時の我国に於ける製紙生産力の低下に伴う紙価の暴騰のため正確明細な地図の入手が困難となつていた折から、その需要に応ぜんがため最も要約された地図、すなわち学問的には正しく、しかも廉価普及を目指したものであつて次の如き独創性を有するものである。即ち(一)その外形、体裁に於て、先づ寸法は日本の製紙寸法の標準規格より外れぬように、また印刷適合寸法の常識的規格からも外れぬように意を用いて四六全版三截に決定し、この紙幅面積を過不足なく使いつくして、その中に日本全土を余すところなく図示するものである。従つてこれは一見で見られる日本全図であつて、その結果は最も経済的ないわゆる廉価版、普及版とも言うべきものである。(二)次に歪曲せる日本全国を右の如き最小の紙幅に收めるために四六全版三截の紙面を中央に於いて二枚つぎ合せ、継目を折紙状にし出来上りを安定ある折畳み方法とすることに成功した。尚これについては昭和二十四年五月中発行者河合正次郎の名義を以て実用新案登録申請の手続をした。(三)その作描方法に於いて、従来我国に於ける通例の描法ボンヌ式図法によれば北に大きく伸び南に小さく縮まる歪曲が生じ、自然形状より遠ざかるのでその方法を排して今迄日本地図作描には用いられなかつた作図過程の複雑困難な多円錐式図法(ポリコニイツク式図法)を採用描出し、以て日本全土をのぞみうる最も自然形の歪曲なきものとした。(四)その内容に於いて日本全土の縮尺を二百万分の一として従来この種の我国で発行されたものの中で最大の縮尺率のものとすると共に、地図の内容について戦中戦後の変化しつつある日本新状勢に応じて出来るだけ詳細に然し余りに専門にわたらないように著者としての原告の長年にわたる学的専門的智識及び人生経験を綜合して地図に於ける自然的、人文的各種の要素を取捨撰択し配合調整されている。原告の著作した日本地図の特色は以上の如きものであるが、之を要するに現在の社会に於いて地図とは著者の地理学地図学上の理論的研究と実践的作図との成果が原因として現れ、それが更に一定の機械的加工過程を経て市場にあらわれるものである。従つて原告著作に係る日本全土図も単に客観的に存在する国土の機械的模写ではなく、地形地勢の表現方法、縮尺率の決定、地名の取捨撰択の標準等には、著者たる原告の個性すなわち学者ならびに人間としての原告の学識、常識、見識などの一切が余すところなく表現された独創的なもので原告にその著作権があること勿論である。原告は右地図をその他の附図と共に取りまとめて前記日本通信京都支社を通じ出版することとし、「最も要約された新日本地図」の標題の下に昭和二十三年六月二十五日初版を発行し以下版を重ねて出版した。一方被告新教育研究会は、同年九月頃より原告著「新日本地図」の発行者である右日本通信京都支社より右地図の販売頒布の委託をうけてこれを全国各関係者、得意先等に配布したところ意外の好評で売行よく、僅かに一ケ月位に四万部を売尽くしたので、販売のみならず製作と販売の二面に事業をひろげればより以上の利潤をあげうることと考え、右原告の日本地図を無断出版せんことを企て同年十月頃、日本全土図の輪廓としては訴外日本地図株式会社発行、日本地図学会編の「学習日本地図」の輪廓を写真撮影によつて引伸したものを用い、その内容として原告著作「新日本地図」の内容を殆んどそのまま転写した。日本全土図の印刷用原型となる銅版の作成を銅版彫刻家訴外加藤清三に依頼した。其の時被告新教育研究会代表の酒向正治は加藤に向つて日本通信京都支社発行の新日本地図は出版元が資本に乏しいので、自分と共同で出版することになつた。と言つて安心させた。それで加藤は下図師訴外木村武夫に下図を写させ、これを銅版に彫刻して印刷原型を作り、翌昭和二十四年三月中右原型を以て被告日本オフセツトをして原告の日本地図の偽作三万部の印刷をなさしめ、内三千部の作業を先づ終りこれを出版し、これを一つの宣伝的前哨線として残部二万七千部の印刷を強行し、まさに開始されんとしている全国中小学校の新学年需要期にそなえんとした。原告は万一かゝる大量の偽作が容赦なく流布されては原告の学問的良心が無惨に踏みにじられるはもとより、多年辛苦研鑚努力の成果が報いられる機会を失い莫大な損害を蒙るであろうし、しかも事態はきわめて緊迫していたので昭和二十四年四月十六日大阪地方裁判所に於いて、昭和二十四年(ヨ)第三五一号仮処分決定をうけて、偽作の発行、印刷、発売、頒布をとどめ、現に印刷進行中の二万七千部のための印刷用銅版、亜鉛版、および未完成用紙一万枚の占有を執行吏にうつし、之を使用処分し、他に移動する等のことを禁じ、之を他え移動しないことを条件として被告日本オフセツトに保管させる等の決定内容を翌々四月十八日大阪地方裁判所々属村田執行吏によつて実現した。然るに其の後被告新教育研究会は、不法にも被告日本オフセツトの現場に於て執行吏の施した掲示並びに封印を破棄滅却して被告日本オフセツトをして印刷残業を強行続行せしめ、ついに同年五月六日早朝完成した偽作全部を即日九州方面に送り出し出版した外、これと並行して同じ銅版原型を以て訴外昭和紙工株式会社柏原工場に於いて同一の偽作五万部を印刷し五月七日頃製本業者訴外大紙産業有限会社にて截断、折たたみを終えて之を発行、発売頒布した。尚被告日本オフセツトも前記地図を印刷するに際してそれが仮処分決定に反し不法に原告の権利を侵害することの認識があつたことは言うまでもない。このことはむしろ注文の当初から被告新教育研究会の差出す地図原稿がきわめて不揃ひ不充分の寄せ集めで印刷現場で印刷者の協力によつてようやく完成する程度のもので、地図学的な意味の原図も欠如し、従つて何人かの著作権侵犯を生ずべきことの認識はあつたものである。而して以上の如くして出来上つた「学習用日本地図」にはカムフラアジの目的から多少の変更が加えられているが、それはきわめて局部的、些末的、非本質的部分のことであつて、たとえば都市所在の標識を○印から印に変えたり、あるいは鉄道線路を示す線の右側にある地名を左側に移し、あるいはその反対にするほどの変化であつて、それらの片々たる操作にも拘らず地図の本質的主題は全く同一である。即ち原告著作地図の地名の九十九パアセントまでが同一であるばかりか誤記脱洩迄が同一である。即ち本来ならば玄界灘、山鹿、乃美、池ノ木屋山、柿崎、矢板山形県え入れる、小坂、中頓別、と夫々記入すべきところを、原告の著作地図では玄海灘、鹿山、美乃、池ノ小屋山、姉崎、天板、福島県に在り、小板、中幌別と誤記し、又本来四国東南端の○印の地名を佐喜浜と記入すべきところを○印のみにて地名を脱洩しているが、被告の地図も原告のそれと全く同一の誤記乃至脱洩をしている又外形上も原告のものと同様な四六全版三截の紙幅で断截接続方法並びに折たたみ方法を綜合している。又縮尺は被告のものは二百十万分の一で原告のそれと一見異るものの如くであるが右は何れも被告の独創にかかるものではない。地図の縮尺率は二万五千分の一より三百万分の一に至る迄種々あるけれども、二百万分の一とか百万分の一とか割切れのよい数によるものが実用的であり望ましいのである。それであるから被告としても意識的に二百十万分の一を目標としたのではなく、紙幅に於いて原告と同一な四六全版三截のものを用い、製法に於て他のボンヌ式図法地図から輪廓を転写し收録しようとすれば諸多の条件上止むなく二百十万分の一という半端な倍率によらざるをえなかつたのである。要するに被告等の印刷、発行にかかる「学習用日本地図」はその日本全土図の部分については必要なる原図がなく単なる剽窃、折衷、模做、混淆、復写など技術面のみの過程によつて成立したもので、原告著作の日本全土図の偽作であり、被告新教育研究会は右偽造地図八万部を出版せることにより、又被告日本オフセツトは右偽作地図三万部を印刷することにより夫々原告の著作権を侵害したものである。而して原告は、前記日本通信京都支社との間にその著作の日本地図発行、発売後は印税としてその五分を受ける約定であつて、従来両者の間にこの約定は実行されて来た。故に今回被告等によつて偽作八万部が印刷、出版されたことによつて受ける損害は、原告の著作「最も要約された日本地図」の定価は金三十円であるから合計金十二万円であつて、その内金十万円は被告新教育研究会が与えた損害で、二万円は被告日本オフセツトが与えたる損害である。なお、今日までのところ原告著作の前記地図は十数版を発行し、その業務創始時代であつて、現在こそはまさにその創始時代を終えて收獲時代を迎えんとする転換期にあたつているので、今春より今夏にかけて被告らによつて大量の偽作を発行、発売、頒布されたことは将来、相当長期に渉つての原告の損失となり、またかかる偽作の流布によつて受けた原告の人格権上の損害として、著作権法第三十六条の二により被告新教育研究会に対しては金五十万円、被告日本オフセツトに対しては金十万円の損害賠償を請求するが、これに前記原告の印税相当額の損害を加え被告新教育研究会に対しては合計金六十万円、被告日本オフセツトに対しては金十二万円の損害の支払を求め、被告新教育研究会に対しては請求趣旨記載の如き謝罪広告をかかげることを請求すると共に同被告に対しては原告著作権の侵害を除去し予防するため同被告編集、発行の「学習用日本地図」及びその類似品を絶版とし、全国に渉るその販売をとりやめる事を求めるため本訴に及んだものである。尚原告が被告等に対して大阪地方裁判所の仮処分命令をえて、被告の「学習用日本地図」未完成品及び印刷用銅版に対する仮処分命令を執行した事実は認めるが、右は原告の著作権侵害を防止する目的を以て為したもので適法な行為であるから、何等不法行為を構成しない。反訴請求原因事実中その余の事実は全部否認する。其の他原告の主張に反する事実は総て之を否認する。」と述べ、立証として甲第一乃至第五号証を提出し、証人村松繁樹、河合正次郎、村田安太郎、桜井孝三郎、松浦弘の各証言並びに原告本人訊問の結果を援用した。
被告等訴訟代理人は本訴につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、反訴として「原告は被告新教育研究会に対し金百二十七万一千円及び之に対する本訴状送達の翌日たる昭和二十四年八月二十六日より右金員完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。原告は被告日本オフセツトに対し金十五万三千円及び之に対する本訴状送達の翌日たる昭和二十四年八月二十六日より右金員完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。原告は本案確定の日から一ケ月以内に朝日新聞及び毎日新聞の各全国版に夫々二段抜きの広告により且つ始めの三行を一号大字の活字を用い「謝罪広告新教育研究会編学習用日本地図」
右はその内容及び表現の形式共に独自のものであつて拙者の編集物最も要約された「新日本地図」の著作権を何等侵害したもので無いにも拘はらず拙者の不明のため不法にも貴社及び印刷者日本オフセツト株式会社殿に対し昭和二十四年四月印刷発行発売、頒布禁止の仮処分をなすと共に訴を提起して貴方の営業を妨害しその信用声価を著しく失墜致させ且つ財産上にも甚大な損害を蒙らせ誠に申し訳ありません。
茲に当方の不明と不法を認め御迷惑をかけたことを慎んで謝罪します。
昭和 年 月 日
京都市左京区北白川東蔦町二十一
小野三正
株式会社新教育研究会
代表取締役 酒向正治殿
なる声明をせよ。反訴に関する訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本訴に対する答弁ならびに反訴請求原因として「原告の主張事実中、原告が昭和二十三年六月下旬頃から現在に至る迄日本通信京都支社河合正次郎を通じ自己に著作権ありと主張する「最も要約された新日本地図」を発行していること、被告新教育研究会が右河合正次郎の依頼により同年九月上旬より十月上旬に至る間右「新日本地図」の販売を引受けたこと、右「新日本地図」が四六全版三截の紙幅を用い折線式断截接続方法と折畳み方法を併用し、多円錐式図法により縮尺二百万分の一に作描されていること、右被告自身に於いて日本地図を発行することを企て、加藤銅版師に日本地図印刷用銅版の製作を依頼したこと、被告等が学習用日本地図を昭和二十四年四月十八日現在印刷中であつたこと及び此の印刷用亜鉛板、未完成品等について同日原告主張の如き仮処分を受けたこと、右被告等の作描に係る地図が四六全版三截の紙幅を用い折線式断截接続方法と折畳み方法を併用し、ボンヌ式図法に成る原告の地図以外の地図を写真術により転写して作描し、二百十万分の一の縮尺を使用したこと、原告著作の地図と同一の地名其の他の標識の記載並びに同一の誤記脱洩のあることはこれを認めるが他の事実は全部否認する。原告は前記地図の中日本全土図のみについても原告に著作権ある旨主張するが之は失当である。即ち、(一)先づその外形体裁に於いて四六全版三截の紙面内に日本全図が完全な位置を以て図示されていない。知床半島の一部、対馬、種子島、五島列島の福江島の各半部屋久島、甑列島の全部が夫々別図となつている。尚右同大の用紙を使用することは地図縮尺の都合による単なる便宜の域を出ないものである。(二)折線式断截接続方法も既に日本地図株式会社発行の「学習日本産業地図」に於いて採用されているところで何等原告の独創から成るものではない。のみならず原告はこれにつき実用新案の登録出願をしたというが斯の如きものは同法に謂う考案の成立することのないのは勿論、その新規性も亦ないものであつて、その中考案力のない点は前記既存の日本産業地図を見れば何人も容易に想到実施しうることに又新規性のないことは原告側が出願日前約十一ケ月前から頒布発売した事実が実用新案法第三条第一号の要件に該当するもので、両点は畢竟特許法第一条に該当しないものであるから、此の登録出願事実を根拠として原告がその独創性を主張するのは失当である。(三)原告の使用せる多円錐式図法は地図作家乃至作描家を含めての地理学者並びに地図出版、販売者間に於いては周知の方法であつて、日本地図に於いても従来から普通に採用されているものである。(四)縮尺を二百万分の一としたことは著者たる原告及び之が利用者の便宜に出でたもので伝統的且つ普通の縮尺度であり何ら独創的なものではない。(五)地図の内容についても思想表現の形式に於いて独創性がない。都市人口の多少に依り印を二重又は三重とすることも地図上の常用方法である。地図に於ける独創的思想の表現として著作権を肯定する資料となるべきものは未だ交通関係その他の表示について工夫すべき点があるが、それらの諸点について新形式を用ることもなく旧套依然たる表現形式を用いてある以上、仮りに地名の採録その他にその主張するが如く用意周到な点があつてもそれは独創性があつて著作権の成立するものであるとは絶対に称しえない。以上を要するに原告には「最も要約された日本地図」中その表面を形成する日本全土図に著作権のないことは明らかである。若し仮りに右の部分自体に権利を認めれば、何人が画いても同一外形と同大のものに於いて、説明上記入しなければならない文字及諸記号等に関しその使用を制限されることは必然の結果であり、斯の如きは著作権法と同一系統に属する他の無体財産法乃至精神的所有権を保護する法制領域との立法精神にはなはだしく悖ることは勿論、遂には何人も自然認識の結果の表象である同一大の日本地図を作成するに由ないことになり、右の如き結論は一国文化政策上容認せらるべきものではないものである。故にむしろ右「最も要約された日本地図」の表裏全体に於ける多数の図表等の全体を結合された一個の編集物とし、原告もその編集物について著作権法第十四条により著作権を有するものとみるべきであり、このことは原告自ら右地図に小野三正編と記してある事実よりも推測せられうる。然りとすれば右地図は被告等の地図とは明らかにその構成が異るものであるから被告等は原告の著作権を侵害したものであるとは言えない。仮りにもし原告主張の如くその日本全土図のみについても著作権があるものとしても被告等はそれを侵害したものではない。即ち被告等の地図は (一)図法がボンヌ式図法に基くものであり原告のそれの如く多円錐式図法ではない。(二)縮尺が二百十万分の一である。即ち現今の進歩せる写真技術によれば仮令地図がボンヌ式図法によるものであつても、これが平面的形象である限り何等の困難なく二百万分の一のものにする事が出来るのであるが、前記原告の地図の如き不体裁を来たさない様に用紙一杯に過不足なく日本全体を描くため殊更半端な縮尺を用いた全く独創的なものであり、之がため原告の地図に比して一見明瞭な体裁上の優秀さをもつものである。(三)表現方法に独自性がある。原告は商品としての地図の印刷には智的独創性に基づく正確厳密なる原図の存在を必要とすると言うが、左様な原図の存在は必ずしも必要ではない。現今の如き写真術による転写、縮写、銅版製作等の発達は学術的にして厳密な原図を自ら用意することはむしろ不必要となり、転写によつた地図と雖も表現方法に独自性あり、一個の外形的存在物としての実用上の価値をもつものである以上偽作物とは言えない。この事は吾人の日常生活、吾人の営業、経済的活動に於いてはその悉くが自己の労作に依るを要するものではなく先人の案出や経験を利用することの上にこそ克く組立てられるものであり、原告がその地図を著作するに当つても亦先人の労作を範としてのみ日本地図を作出し得たものである以上当然の事実である。又原告は「学習用日本地図」に於ける地名の大部分が原告地図と同一である旨主張するが、元来地図そのものが自然科学的正確さを要求されるものである以上、ほゞ同一に縮尺された或一定地域を劃した本件の如き地図相互の対比に於いて、その全形が相互に同一又は類似でありその地名、河川名山岳名其の他の記入個所が同一であることは性質上数の免れないところであつて、これがため何等両者間に於ける異別判定の基準とするに足らない。のみならず地図に於ける地名の採録程度は著作権の成立要件には属さないものと謂わねばならない。蓋しこれは自然的所与であり何人もこれを記入することの自由を妨げられないものであることに徴し明らかである。このことは著作権法と法の系列を同じくする商標法第八条、本文に於いては「商標権の効力は普通に使用せられる方法を以て――中略――商品の普通名称、産地――中略――を表示するものに及ば」ない旨を明らかにしていることよりしても、地図に於て普通に使用される方法に依り地名を記入すること、及びその地図輪廓の大いさに相当するだけの地名を記入することは何等描出者に対して専用権を与えるに値する独創とするの要なく、又これを認めるときは後に於いて地図の作成は不可能となることに鑑みても自ら明らかである。まして「学習用日本地図」は原告の地図と比べて地名その他の表現に於いて以下の如く多数の相異点を有している以上被告等が原告の地図を偽作したものでないことは明らかである。即ち(一)左記の諸地名並びに標識は原告の地図には見当らず被告等の地図に記入されている。之を各地方別にみて(イ)北海道において利尻山の標高数、万次、栗山、両炭坑、札幌に対する道庁所在地、大沼、新冠、を記入北海道とソ連領との境界を明かにし旧国後島は白色にぬつてある。その他小樽暑寒別岳、清水等の位置は原告のものと異る。(ロ)奥羽地方において津軽平野、鰺ケ沢を記入盛岡市より西行する支線の終点に雫石を記入山形県に余目、宮城県に細倉、若柳、鮎川、福島県に猪苗(但しこれは猪苗代の誤り)を記入、鉄道線において福島県平附近、山形県庄内平野附近と称し原告のものと異る。(ハ)関東地方において茨城県に鹿島、築波山、千葉県に我孫子、東京湾のところに隅田川、群馬県と福島県境に尾瀬沼を夫々記入(ニ)中部地方において、新潟県に燕、八日町を記入、石川県能登半島の宇出津の地点は、海浜に置き、同地方に名ある山代の地名記入、能登半島先端に珠洲岬と記入、静岡県に盤田の市名記入、豊橋から辰野に至る線路図標が異る、佐渡島に高千の地名、伊豆半島先端は石室崎の文字使用、愛知県の知多半島、渥美半島の両地名記入、(ホ)近畿地方において滋賀県境に比良山、三重県に鳥羽、兵庫県に千草川(原告のものは揖保川)を記入、高島、富田、新宮等の地位は異る。(ヘ)中国、四国地方において鳥取県に船上山、岡山県に吉井川、香川県に直島、琴平、塩江、を記入外に高知県須崎以南の交通線は被告会社のものは正確を期している。但し隠岐島は前島と誤記(原告のものは島前)石槌山国立公園の記入、(ト)九州地方において福岡県に築豊炭田、大宰府、高瀬(瀬高の誤りである)大分県に臼杵、長崎県に蛎の浦を夫々記入、大村市は市制の図印とす。外に佐賀県唐津の附近福岡県、佐賀県にわたる箇所の鉄道線図は異る。熊本県に甲佐、福岡県三池港を記入、関門海底線を夫々記入されてある。以上の外その描図の点スケールの点から原告のものは、北海道東北端の半島の一部九州西南端の諸島は別図となつている。尚日本列島の造形成立の点から砂浜は一大特色であるにも拘らず原告の地図には何等の標識がなく、この点日本海側の秋田、新潟、富山沿岸の砂浜、大平洋岸の仙台、鹿島灘沿岸、九十九里浜、相模湾から伊豆半島をのぞいて駿河湾、渥美半島に至る海浜には被告等の地図には特別の標識がある。以上の諸点の相異により被告等は原告の著作権を何ら侵害するものではないから、原告の本訴請求は何れも失当である。却つて原告は被告等の日本地図発行を阻止すると共に一般取引者、需要者間に於ける信用を失随せしめて原告との競業を抑庄排除し、その取引市場を独占し利益を壟断せんとの意企の下に、被告等が何等原告の著作権を侵害していないにも拘らず恰もこれを行つた如くはなはだしく真実に反する虚構の事実を主張すると共に、この主張を一応根拠付けるために虚偽内容の疏明書を提出して、前示日時原告主張の如き仮処分決定を得ることに成功して右決定を以て前記日時場所に於いて仮処分の執行をなし、その企図通り被告等の日本地図出版に関する正当且つ自由な行為の一切を不法にも禁止しその営業を妨害して、折柄新学期開始前の大量販売の好機を失わせることにより被告等に夫々財産上の損害を蒙らせたものである。而して被告新教育研究会の受けた損害は、右仮処分を受けなかつたとすればその製作販売に依つて得た純利益、即ち買注文を受けていた十五万三千部に対する一部当り金七円の合計金額金百七万一千円と、右仮処分執行に依つて右被告所有にして加藤清三の保管していた「学習用日本地図」印刷用銅版の占有を奪われ使用出来なくなつたことにより生じた銅版の時価金二十万円との合計金百二十七万一千円であり、被告日本オフセツトの受けた損害は右仮処分がなかつたならば印刷を継続して上げえた利益、即ち前記十五万三千部に対する一部当り金一円の純利益合計金十五万三千円であるから、被告等は原告に対し夫々右の財産上の損害賠償を請求すると共に、信用の毀損に因る名声を回復するため新聞広告による謝罪を請求する次第である。」と陳述し、甲各号証は何れもその成立を認める、と述べた。
三、理 由
原告が昭和二十三年六月下旬頃から現在に至る迄訴外日本通信社河合正次郎を通じその著作に係る「最も要約された新日本地図」を発行している事実、被告新教育研究会が日本地図を発行すべく加藤清三に日本地図印刷用銅版の製作を依頼した上、右銅版を用い「学習用日本地図」を昭和二十四年四月に印刷していた事実は当事者間に争がない。証人村松繁樹の証言に依ると、地図の著作者には二種があつて一は原図作製者で他は種々の地図を組合せて編纂する者とがあり、原地図の著作者は図法を考え地名その他地図に表示するものを撰択し之を図面にあらわすもので、日本には理論的に研究できる人は二、三人あり、技術的に拡大できる人は無数にあるが、自ら理論的に考察研究し、地図の書ける人は一、二を数える程であること、写真で写してトレスすることは、地図の模作に過ぎず著者ということはできないものであることを認めることが出来る。そうすると、地図というものは自然科学的厳密さを以て地球上の現象を存在するまゝに一定の記号を以て表示するものであるから、恰かも写真の如く現実がそのまゝ記号となつて表示されるものであるが、一面それは学術的図面として地図製作者の学識、見識等その個性が表示されていなくてはならないものであることは、容易に之を了解することができる。例えば表示すべき地名の撰択にあたつても、各地の文化程度、人口密度状態等を考慮して著者の撰択によりその必要と思われるもののみを表示するものであるから、同一大の日本地図についてみても中には同一地名を共に表示する事も多々あるであらうがそのすべてにつき同様であるということは人間の個性の相異のある如く絶対ありえないことであるし、又地図を著作する人の学識、見識、経験、個性等によつては可成りの程度迄異つてきて、一流の地図著作者の作成した地図は、学識、経験のない人の到底作成し得ない程すぐれたものとなるものである。此の意味に於て地図に著作権を認めその著作者を保護する必要がある訳である。であるから地図そのものに著作権をみとめるとすれば地図の中に説明として記入しなければならない文字諸記号等に関してその使用を制限され同一大の日本地図を作成することが出来なくなるという被告等の主張は失当であつて地図も一つの学究的図画として著作権の対象たりうること勿論である。然らば原告の著作した前記地図の中日本全土図につき原告はその著作権者ということが出来るであろうか。原告の右地図が多円錐式図法を用いて作描してあることは当事者間に争いがない。而して成立に争いない甲第一号証及び証人村松繁樹、河合正次郎の各証言並びに原告本人の供述によれば、原告は我国でも有数の地図著作者の中の一人であつて、昭和二十三年一月はじめ前記河合正次郎の請により日本地図の著描を引き受け爾後六ケ月の間、数人の弟子と共に昼夜兼行苦心に苦心を重ね、当時用紙の入手困難であつた時代であつた為、小さい図面に日本全土を図示することを考案し、先づ四六全版三截に用紙を決定し之を二枚中央でつぎ合せ折紙状にし出来上りを安定ある折畳み式とする方法を採用し、多円錐式図法を用い、二百万分の一の縮尺とし日本全土の殆んど大部分を一目の下に見得るように図示する方法に依り日本全土図の原図を書き表したものであり、従つて地図の主要な要素をなす地名の撰択についても、当時の中学校社会科の教科書を参酌し尚地方的地名についても留意し、原告独自の見解に従い表示されている原図を作成した事実、及び前記河合に於いて右原図を写真撮影したものを特殊な用紙に写しとり、六度刷りして「最も要約された新日本地図」の発行をした事実を認めることが出来る。右の事実からすると原告の地図は全く原告が自らその理論と技術を以て著したもので、従つて原告は右「最も要約された新日本地図」の内原告主張の「日本全土図」について完全なる著作権を有するもの(「最も要約された新日本地図」全部についても編者として著作権を有することは勿論である。)と言うことが出来る。勿論山嶽の状態、高度、河川の状態等の地勢の形態、都市の存在、その名称、交通施設の状態等、地図表面に表示されているすべてのものは自然科学的、準自然科学的な認識の対象となるものであるから、原告が先人の研究の成果を利用していることはいうまでもないが、その何れを捨て何れを如何に表示するかは全く原告独自の考慮によつたものである以上単なる模倣と異る新たなる著作物としての存在が認められるわけである。尚原告の地図の紙幅が四六全版三截であり、折線式断截接続方法と折畳み方法とを併用し、縮尺が二百万分の一なる事実も当事者間に争いないところであつて、被告等は右の諸点は何れも既存のものの模倣であり又地図の表現形式に独創性がない旨主張する。なるほど成立に争いない甲第五号証によれば右用紙の諸点につき被告等の主張する類似性は認められるけれども、地図の外面的要素の類似のみを以てはたゞちにその地図が模倣物であるということは出来ないのであつて、図面の内容との綜合に於いてその独自性を判定すべきものであり、而して証人村松繁樹の証言に依ると、村松繁樹の考案した地図(甲第五号証)は、中央に空白部を設け鋏で切つて曲げるようにしてあるが、原告の著作した地図(甲第一号証)は空白部なくそのまゝ折り曲げて日本全土を紙面に收めた点が、村松繁樹の著作したものより秀れていることを認めることができるしその外に原告の地図には前記認定の如き特色を有する以上被告等の右の主張を以ても原告の著作権の存在を否定するわけにはゆかない。
次に被告等は仮りに原告が右地図に著作権を有するものであるとしても被告等はその著作権を侵害したものではない旨主張する。右の点に関して被告等印刷発行の「学習用日本地図」はボンヌ式図法に成る地図を写真術により転写して作成し、二百十万分の一の縮尺を使用したことは当事者間に争がない。被告等は右事実を以て原告著作の地図の偽作ではないと主張し、又写真術によると転写であるから学術的な原図は存在しないが元来地図印刷については学術的に正確にして厳密なる原図の存在は必要ではない、地図の独創性はその表現形式にのみ求めらるべきで地名採録の程度の如きは地図著作権の成立要件には属さないと主張する。しかしながら累述した如く地図が著作者の創作物といわれるためにはそれが一個の科学的厳密性をもちしかも独自の内容を有する存在物として実用上の価値をもつものでなくてはならない。そうだとすると地図の印刷創作に当つて必要とする原図は他の地図を模倣し折衷したものではなく、仮令それが写真版により輪廓を拡大されたものであるにせよ科学的に厳密にしかも独自の内容をもつた原図でなくては地図についての新たな著作とはいえなく単なる模倣の域を出ないものである。更に証人村松繁樹の証言に依ると被告新教育研究会発行の「学習用日本地図」は二百十万分の一の縮尺を用いているが、かゝる縮尺を用いることは通常の地図の作成の際にはあり得ないことで、このことは、その著者が独創したものでないことを物語るものであることを認めることができる。又図法並びに縮尺率の相違は単にそれだけで両者の地図を区別づける要素をなすものではなく、図画上に表現された思想内容との関連に於いてはじめて問題となるに過ぎないから右の事実のみを以ては被告等の主張を肯定するわけにはゆかない。而してその内容中地名採録の程度の如きは最も重要なものである。商標法第八条の法意は商品の普通名称、産地等が普通に使用せられる方法を以て、即ち商品を表彰する記号の内容をなすものとしてでなく表示せられたる場合には商標権の効力は及ばない旨を規定しているに止まり、地図に表示された地名はその図面の内容として存在しているのであるからその地図をはなれればとも角、地図の一部をなすものとして著作権の対象となるのである。被告等は右地名その他の表示内容についても両地図の間に多数の相違がある旨主張し、成立に争いない甲第一、第二号証を対比すれば、被告新教育研究会発行の地図は原告地図の欠缺さる以下の如き諸点を補充している。即ち(イ)北海道について、利尻山の標高、栗山、大沼、新冠を(ロ)奥羽地方について、津軽平野、鰺ケ沢、雫石、余目細倉、若柳、鮎川、猪苗を、(ハ)関東地方について、鹿島、我孫子、隅田川、尾瀬沼を、(ニ)中部地方に於いて燕、八日町、山代、知多半島、渥美半島を、(ホ)近畿地方について比良山、千草川を、(ヘ)中国、四国地方について、船上山、吉井川、直島、琴平を、(ト)九州地方について築豊炭田、大宰府、高瀬、臼杵、蛎浦、甲佐、三池港、関門海底線を、夫々補充してある。又両者は次の諸点に於いて相異している。即ち(イ)北海道について大雪山の標高、札幌に対する道庁所在地記入、北海道とソ連領との境界、旧国後島は白色にぬいてある。暑寒別岳の地点、(ロ)奥羽地方について平附近の鉄道線路図、(ハ)中部地方について、能登半島先端の地名、盤田市の所在地点、豊橋から辰野に至る線路図標、佐渡島の高千、伊豆半島先端の地名(ニ)四国地方について、須崎以南の交通線路図、石槌山国立公園の標示(ホ)大村市の市制表、唐津附近、福岡県及佐賀県にわたる個所の鉄道線図等、以上の諸点の他に航路線図色砂丘地帶の標識等、の点について両者は夫々相異している。しかし一方前掲甲第一、第二、第五各号証を対比すると、原被告両者の地図は(一)その採録してある都市、都市以外の地名、山嶽、河川等の種類がその大部分に於いて一致している事実(二)前記認定した相違点のうち被告が補充している諸地名の大部分は甲第五号証である日本地図株式会社発行の「学習日本地図」に於いてみられ、僅かに(イ)札幌市についての道庁所在地の表示(ロ)新潟県の八日町(ハ)石川県の山代(ニ)佐渡島の高千(ホ)滋賀県の比良山、(ヘ)石槌山国立公園のみが全く被告の地図に於いて新しく表示されているに過ぎない。而して右の諸地名の内(イ)(ヘ)は共に単なる修飾的な表示に過ぎないし、(ロ)(ニ)は夫々六日町千高と原告地図に於いても混同しやすく表示されており、従つて全く被告等独自の見解に基くものと言えば、比良山、山代のみである事実、(三)航路図は被告の地図は前記「学習日本地図」と殆んど同一でそこから外国航路を除き、淡路島、陸奥湾内、隠岐の島後、横浜興津間、釧路、根室間を夫々省略してあるに過ぎない事実、(四)北海道の北部海岸線の輪廓が被告の地図は「学習日本地図」と似ている事実、(五)被告の地図及び「学習日本地図」には共に海岸に砂丘の記号のある事実、(六)被告の地図は他の二つの地図に比べて海岸線、鉄道図等一般的に言つて粗雑である事実を認定することができる。又原被告の両地図には何れも原告主張の如き誤記脱洩の存在する事実は当事者間に争いがない所であり、以上の諸事実に証人村松繁樹、河合正次郎、松浦弘の各証言並びに原告本人の供述を綜合すると被告新教育研究会の出版した「学習用日本地図」はその日本全土図については前記「学習日本地図」の輪廓を写真撮影によつて引伸して縮率を二百十万分の一とし、その輪廓の内容として原告の著作「最も要約された新日本地図」の内容を転写し更に右地図に欠如している分については前記「学習用日本地図」よりその記載の都市、航路図、砂丘の表示等を転写し来つて補充した上銅版彫刻家加藤清三により銅版の上に彫刻されたものを原型として印刷されたもので、右被告は右地図を昭和二十四年四月頃迄に約八万部を出版した事実を地図の偽作八万部が被告新教育研究会によつて出版発行されこれがため本来ならば原告著作の地図が右部数だけ発行され発売されて、原告は之に相当する印税を受けとることができたにも拘らずこの分については原告は印税を受けとることが出来なかつたのであるから、右八万部に相当する印税十二万円は原告が当然得べかりし利益であるに拘らず、これを喪失したわけである。故に被告新教育研究会は右損害金十二万円を原告に支払わなければならない、と共に、被告日本オフセツト印刷株式会社は右八万部のうち少くとも二万七千部の印刷を引受けて之を偽作したのであるから、右の部分に関する限り被告新教育研究会と共同して原告の著作権を侵害したこととなり、従つて之に相当する印税四万五百円については原告と共に其の支払いの責に任ずべきである。そうすると、原告が被告新教育研究会に対し内金十万円、被告日本オフセツトに対し内金二万円の損害金の支払を求める請求は正当であるから之を認容する。又今後将来のかかる偽作物が再び出版されるおそれがないこともないから、被告新教育研究会は同被告編集発行の「学習用日本地図」を絶版とし、全国に渉るその販売をとりやめなければならない。次に著作権法に依つて、保護される著作者の権利は、著作物の復製に因つて享受する財産的利益並びに著作者が著作者として有する人格的、名誉的利益にして、著作権法に所謂偽作と称するのは、かかる著作権者の有する権利を侵害する一切の不法行為を汎称するものである。従つて被告等の本件著作権侵害行為に因り前記財産権上の侵害を受けると共に、人格権乃至名誉権を侵害されこれにより原告は精神上苦痛を被つたことは勿論であるから、被告等は原告に対し相当の賠償をする義務がある。而して前記侵害行為の態様、著作権の内容、原告の社会的地位、学識、被告等の侵害行為に於ける役割等諸般の事情を考慮し、原告に対し被告新教育研究会の賠償すべき額は金十万円被告日本オフセツトの賠償すべき額は金一万円を以て相当とする、そうすると原告の被告等に対する右の損害賠償の請求は、右限度に於いて正当であるが其の余の損害賠償の請求は失当である。最後に謝罪広告の点について考えるに前記認定の如く被告新教育研究会は原告の著作権を侵害したのは事実であるが、その侵害たるや、原告の著作した「最も要約された新日本地図」を全面的に侵害したものではなく、その中の日本全土図の部分について偽作が行なわれたものであつて、その偽作も著作者の氏名を変更したのではなくただ隠匿していたに過ぎない。従つて著作権侵害の態容も比較的簡単にして原告の名誉声望について蒙つた損害もさして大きいとは考えられぬから、本件の如き場合に謝罪広告をするのは、原告の日本全土図について著作者たることを確保し又はその声望名誉を回復するのに適当な処分であるとは認められない。以上の如くであるから原告の本訴請求は、被告新教育研究会に対し、前記財産的損害金十万円及び精神的損害に対する賠償金十万円合計金二十万円の支払並びに同被告編集発行の「学習用日本地図」を絶版とし全国に渉るその販売をとりやめることを求める部分のみを正当として之を認容し、被告日本オフセツトに対し、前記財産的損害金二万円及び精神的損害に対する賠償金一万円合計金三万円の支払を求める部分のみ正当として之を認容し、両被告に対するその余の請求は失当として之を棄却することとする。
次に反訴に付いて按ずるに被告等の反訴請求は被告等が原告の著作権を侵害した事実がないのに拘らず、原告に於いてその侵害を理由に被告等に違法なる仮処分を加えたることを理由とし、之を認める事が出来る。而して原告が被告等に対し昭和二十四年四月十六日大阪地方裁判所昭和二四年(ヨ)第三五一号仮処分決定に基き同月十八日原告主張の如く仮処分の執行を為したことは、当事者間に争がない。然るに証人河合正次郎、桜井孝三郎、村田安太郎の各証言によると、被告日本オフセツトは右仮処分後、仮処分の執行をやぶり、右仮処分の目的物件である二万七千部の「学習用日本地図」を被告新教育研究会の依頼により印刷し同被告に引渡した事実を認定する事が出来る。そうすると、被告日本オフセツトの責任者は右仮処分執行後は少くとも右「学習用日本地図」を印刷し、被告新教育研究会に引渡すことは、原告の本件著作権を侵害するかも知れぬことを認識していたものと謂うべきである。而して被告新教育研究会が発行し、被告日本オフセツトが印刷した日本全土の地図が以上の如きものである限りそれは原告の著作せる地図とは全く同一のものではなく多少の補充修正が加えられてあるといつても右の如き程度のものは全く部分的な改作に過ぎず、全然新たなる著作物とは認められない上にその改作についても原告の許可なく無断で改作して復写、出版している以上、被告等は夫々に著作権ある日本全土図を無断印刷して復写し、或いは無断出版し、以て偽作してその権利を不法に侵害したのであるから、これによつて原告に対して与えた損害を賠償しなければならないのは勿論である。仍つてその損害額の点について考えると証人河合正次郎の証言並びに原告本人の供述によると、原告が地図の発行により受くべき印税は五分の約束であり地図一部の定価は三十円であること、当時原告著作の地図の発行は極めて良好であつた事を認めることができる。従つて原告は地図の一部について印税として金一円五十銭取得し得る訳であり、一方原告の仮処分に因り被告等が蒙つた財産的損害の賠償並びに侵害された名誉の回復を求めるものであり、被告等主張のとおり原告が仮処分の執行を為したことは、前認定のとおりであるが、被告等が右原告の著作権を侵害したことは、本訴の理由説明の如くであるから、原告の為した仮処分の執行は権利保全の為の当然の権利行使であつて不法行為とならぬことは、明白であるから、原告の違法仮処分を前提とする被告等の反訴請求は爾余の点に付き判断する迄もなく失当として之を棄却すべきものとする。
仍つて本訴並びに反訴の訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文の如く判決する。
(裁判官 岡野幸之助)